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2011年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年10月

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029 TAKASUGI 

「浪速」女性レーサーの高杉奈緒子ライダー

「オートバイに乗っている女性は男勝り」と考えが浸透している中、サーキットで非凡な才能を見せて活躍している女性レーサーがいる。
単に「オートバイに乗りたい!」という気持ちから数少ない女性バイクレーサーとしてMFJ公認全日本ロードレースへフル参戦しているのが高杉奈緒子というライダー。
高杉ライダーは現在、「モトバム&ヒポポタマス」チーム一員としてJ-GP3クラスにエントリーしており、2011年度エントリーリストでは唯一の女性ライダーである。
2歳の時に高熱で両耳の聴力を失い、聞こえないというジレンマから16歳で「単車」に出会い、「夢」を追いかけ始める。
2000年にミニバイクでローカルレースに参戦したのが始まりで、2004年に本格的に念願の最高峰のMFJ公認レースへステップアップしレース人生12年目になる。
レース中の後方マシン音や、マシンのエンジン音など、レースに関する音を聞き分けるなど、必須とされる聴力にハンディがあるとバイクレーサーにとっては致命的である。
そんなハンディを押しのけながら、男性ライダーと変わりないアグレッシブな抜群のライディングスタイルでガッツある攻めでダイナミックなレースへと展開していっている。
西日本選手権ST600クラスでチャンピオンタイトルを獲得し、鈴鹿4時間耐久レース5位入賞、J-GP3クラス入賞へと実力派ライダーとしてキャリアを積み重ねている。
男性ライダーにも劣らない走りだ。今年の夏のオートバイ祭典の鈴鹿8時間耐久ロードレースでも念願の完走を果たしている。
高杉奈緒子の走りが観客らをはじめ他チームまでに盛り上げに貢献し、「高杉奈緒子サポートクラブ」まで結成され、たくさんのファンらを魅了させている。
ヘルメットを脱ぐと一見ごく普通の女性であり、「高杉ライダー」ではなく「高杉奈緒子」の絶えない笑顔がファンらを釘付けて離さない。
チーム「モトバム&ヒポポタマス」の大野剛史監督は「誰でも努力をすれば必ず夢をかなえることができる。頑張って皆に夢を与えられる人になってほしい」と見守っている。
高杉ライダーの夢は「海外舞台」。高杉ライダーのシンボルマークは夢に向かって羽ばたくようにと作られたものだ。海外進出に向けてレース挑戦はまだまだ限りなく続く。


全日本ロードレース公式サイト http://www.superbike.jp/
 










DAJ: 初めてオートバイに触れたきっかけは何ですか?また初めて乗ったオートバイはどのようなものだったのでしょうか?

高杉ライダー: 元々テレビでオートバイレースを見てバイクに憧れていました。耳が聞こえないということで何か夢中になれるものがほしいと考えていたのも相まって乗ってみたのがオートバイに乗るようになったきっかけです。初めて乗った単車はレーサーレプリカモデルのNSR-250R-SPですね。

DAJ: オートバイレースに参加したきっかけは何だったのでしょうか?

高杉ライダー: 実は18歳の時にバイク事故にあい、左手首複雑骨折、両足骨折し、3カ月入院の大けがをしたんです。その時に親と兄にオートバイに乗ることを猛反対されました。「オートバイにのることは許さない、乗るなら家を出ていけ」と言われました。私はどうしてもオートバイに乗りたかったので、家を出てサーキットで走ることを選びました。
無一文で家を出たので、生活は大変でしたけ れど…。(笑)


DAJ: オートバイのために家を出るなんて、それほど熱い気持ちがあったのですね。オートバイレースに出て、転倒事故やスピードに対する恐怖心などはないのでしょうか?

高杉ライダー: ないですね。むしろもっと速く走りたいと思いながら乗っているので。転倒事故についても、転倒した原因がありますしその転倒した原因を考えて反省し次のレースでは同じことを繰り返さないことです。
自分に強くならないとという気持ちがあるので怖くはないです。オートバイレースが大好きで楽しんでいます。


DAJ: 今までのオートバイレース人生の中で忘れられない想い出は何でしょうか?

高杉ライダー: たくさんありすぎて選べないですね。ただ、一番好きなサーキットは鈴鹿です。元々鈴鹿で走ることが私の憧れで、初めてオートバイロードレースに参加したのも鈴鹿だったんです。
鈴鹿が私のバイクレース人生の原点になっていますね。


DAJ: 聞こえないことでマシンに乗ることに影響はないでしょうか?

高杉ライダー: 特にないですね。エンジンのアイドリング回転のタイミングはランプ表示で見分けできるようにチューニングしました。
ブレーキを踏んだ時などフロントサスペンションの硬さの感覚によってアクションを変えたり体で感じて判断している事が多いので。体感で判断してメカニックの川原さんにセッティングしてもらっています。メカニックの川原さんはとても心強い存在です。ただ、マシンによっては音を聞かないと操作がしにくいところもあるので不便な部分もありますが、このSUGOサーキットで体感判断しやすい4ストマシンにチェンジしたので聴力による影響は随分なくなりましたね。


*SUGO大会でHONDA RS125Rマシン(2スト)から新モデルのHONDA NSF250R(4スト)にチェンジ


DAJ: 今回のSUGOサーキットで2ストマシンから4ストマシンにチェンジされたということですが、それはなぜですか?また乗った感じはどう違いますか?

高杉ライダー: 2ストマシンはエンジンブレーキが利き難く、体感で感じづらいので4ストマシンのほうが乗りやすいです。来年には環境対策として2ストマシン撤退になります。今のうちに早く新モデルの4ストマシンに馴らしておいて早く来年に繋げていきたいです。また、海外で活躍するのが今の夢でもあるので、4ストがメインになっている海外でも適応できるようにと思ったのも一つの理由ですね。

DAJ: オフシーズンは何をされていますか?

高杉ライダー: 年間半分は全国各地を転戦しているのでオフになったら世話になった方とかスポンサードしてくれた方へレース報告等の挨拶に廻っています。そして翌年へ向けてのスポンサー活動などをしています。ほとんどバイクレースの準備です。

DAJ: 高杉ライダーにとって、オートバイとは何ですか?

高杉ライダー: 自分が夢中になれるものと思っています。自分を自分らしく表現することができるもの、それがオートバイだと思っています。オートバイレースに出ることでチームスタッフのみなさんをはじめいろんな方から協力してくれたり、応援してくださってるのでそれに応えられるように、しっかりと走りたいと思います。

DAJ: 最後に、耳にハンディのある子どもたちに伝えたいことは何ですか?

高杉ライダー: とにかく自分の好きなことをやってほしいと思います。聞こえないことを気にしないで、自分がひたすら夢中になれるものを見つけてほしいです。
ハンディを楽しめるように強くなって欲しいと思います。



フォーカスロケーションはR5(第5戦)仙台のSUGOサーキットにて


タイヤを暖めたりマシンのチェック等のウォーミックアップラン前のピットイン。


モトバム&ヒポポタマスチームの川原英実メカニック
川原メカニックはライダー経験者であるので高杉ライダーの耳代わりとなってマシンのセッティングしている。高杉ライダーにとって不可欠必要な存在となって誰よりも信頼を寄せている川原メカニック。


ヘルメットは「アライ」メーカー、ツナギは「RSタイチ」メーカー。


ドライコンディションに合わせて仕上がったマシンをチェックする高杉ライダー。


刻一刻と緊張感が高まるなか、サイティングラップへ向かう高杉ライダー。




R5(第5戦SUGO大会)では予選13番手スターティンググリッドに。














国内レースではすっかりお馴染みの「ピットウォーク」。レース前に一般観客もピットロードを「歩く」というイベント。ライダーを間近で見たり、各チームの配布するグッズを手に入れたり、クイーンの美貌にため息をついたりと。


高杉ライダーには数名のファンらがサイン、スナップ写真へと詰め寄る。


チーム「モトバム&ヒポポタマス」の大野剛史監督


笑顔でファンに応える高杉ライダー


「皆さん高杉奈緒子ライダーのサポーターになりませんか!?」

高杉ライダーはオートバイレースだけではなく社員として勤めながら週末はレースというライフスタイル。
給料のほとんどをレースにつぎ込む生活が続いている上、資金面など苦労は絶えないが、高杉ライダーはオートバイのレースに出ることで自分を変えることが出来たという高杉奈緒子ライダーをサポートしてみませんか。
高杉奈緒子サポートクラブ
企業スポンサー募集について


ホンダモトバムサイトhttp://www.motobum.co.jp/shopinfo/shopinfo.cgi
株式会社ヒポポタマスサイトhttp://www.hippopotamus.jp/




 高杉 奈緒子ライダー (TAKASUGI NAOKO)
・出身地: 大阪
・身長: 157cm
・足のサイズ: 24cm
・利き手・利き足:右

・バイクレース歴:
2000年 ミニバイク 初レース
2002年 モトチャンプ杯全国大会2位
2003年 モトチャンプ杯関西シリーズランキング3位
2004年 全日本ロードレース選手権 参戦開始(ST600クラス)
2005年 鈴鹿4時間耐久レース5位
      西日本選手権 ST600クラス年間チャンピオン
2006年 全日本ロードレース選手権 ST600クラススポット参戦
2007年 全日本ロードレース選手権 ST600クラスフル参戦
2008年 全日本ロードレース選手権 GP250クラスフル参戦
      鈴鹿8時間耐久ロードレース 石垣島マグロレーシングより参戦
2009年 全日本ロードレース選手権 GP250クラスフル参戦 年間ランキング11位
2010年 全日本ロードレース選手権 J-GP3クラスフル参戦 年間ランキング25位
      鈴鹿8時間耐久ロードレース チームラ・ベレッツアスピードより参戦
2011年 鈴鹿サンデーロードレース第1戦 3位      
      鈴鹿サンデーロードレース第2戦 3位      
      OKAYAMAロードレースシリーズ第2戦 優勝      
      鈴鹿サンデーロードレース第3戦 10位      
      全日本ロードレース選手権 J-GP3クラスフル参戦      
      鈴鹿8時間耐久ロードレース チームラ・ベレッツアスピードより参戦 42位入賞  

・聴力レベル: 左右 100dB
・補聴器装着の有・形式: 有(メーカーは不明)
・バイクレース時の補聴器装着の有無: 無
・コミュニケーヨン方法: 読話
・血液型: A


高杉奈緒子オフィシャルサイト http://www.hippopotamus.jp/takasugi/index.htm
高杉奈緒子のブログ http://naorog.cocolog-nifty.com/ 




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鈴鹿8時間耐久ロードレース2011

2011世界耐久選手権第3戦
”コカ・コーラゼロ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第34回 

「8耐」は誰もが憧れる日本最高舞台のバイクレースであり、毎年夏のビッグイベントレースとしてバイクの祭典となっている。
2~3名のライダーとチームを組み交代しながら1つのマシンで8時間内にバトル展開する耐久レース。
世界耐久レース選手権の1戦として組み込まれているので世界各国外人ライダーも混じってのエントリーとなっているので国際レース規模と言っていいでしょう。
今年の8耐は東北大地震の影響もあって復興に伴う節電対策からナイターのない史上初のデイタイムとなった。
通年スタート時間11:30チェッカー時間19:30から1時間切り上げて10:30スタートから18:30のチェッカーというスケジュールとなり、夜間走行の無い8耐は通年より炎天中、転倒の多いハイレベルペースバトルとなり大いに盛り上げた模様。
高杉奈緒子ライダーは今年も3度目の挑戦でチーム「ラベレッツア・スピード&ワイルド7」#07として堀義光ライダー、川原英実ライダーとパートナー組みエントリーした。
マシンは国産メーカーではなくイタリア産メーカーのDUCATI(ドゥカティ)1098Rの大型バイク。
最初の8耐は2008年で予選落ちとなり決勝には出られず、2010年は決勝に出られたのも、パートナーの2度転倒による無念リタイアに終わっている。
今年も5時間あたりにマシントラブル(ブレーキの不具合)に見舞われ一時、余儀なくピットイン作業に時間費やしたもの「マシントラブルによるリタイアか・・・」と思いやきピットクルー達の迅速対応が功を成し、チェッカーフラッグが振られた瞬間、念願の完走を果す。
3度目の挑戦が実りチーム全員と喜びを分かち合えながらピット内でもクライマックスに達した。
高杉ライダーの「諦めない」というスピリッツが「ドラマティク感動」となり大勢の観客からプラスの力となって帰ってきたことでしょう。
高杉ライダーは「応援してくださってくれている方のためになんとしても完走を果たしたいという想いがあったので本当にうれしいです。チームスタッフの皆さんに感謝気持ちたくさんですね。出来たら来年も走りたいです。」とコメントしている。


鈴鹿8時間耐久ロードレース2011公式サイト http://www.suzukacircuit.jp/8tai/









第一ライダーの堀義光


第二ライダーの高杉奈緒子


第三ライダーの川原英実










(左)川原英実ライダー/(中)高杉奈緒子ライダー/(右)堀義光ライダー




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004 SAKATA

坂田選手は東京都女子フットサルリーグ一部のデルソーレ中野レディース選手として活躍している。
また今年の11月に開催される第3回世界ろう者フットサル選手権の選手でもある。
平成23年8月21日、府中総合体育館で坂田選手と同じように健常チームのなかで活躍する首藤選手が所属しているう~魚チームとの試合が行われた。坂田選手と首藤選手がボールを競り合い、白熱の対決シーンがいくつかみられた。
結果6-1でう~魚チームが勝利した。両選手の更なる成長を期待する。







DAJ: 今日のフットサルゲームはいかがでしたか?特に首藤選手のチーム「う~魚」と対決して何か感じたことはありましたか?

坂田選手: 結果は惨敗ですが、個人としては少しでもチームのために良いプレーができたと思います。

DAJ: 坂田選手はデフフットサルでも活躍されていますが何故健常チームでもプレイしようとしたのでしょうか。
また、どのようなきっかけがあり「デルソーレ中野レディース」に入ることにしたのでしょうか?

坂田選手: デフ日本代表に恥じないプレーをするため、健常者のチームに入り自分を鍛えたいと思ったからです。
デルソーレ中野に入ったきっかけとしては、以前にデルソーレ中野レディースクリニックと称したフットサルイベントに参加し、チームメンバーの雰囲気がいいなと思っていました。その後そのチームがセレクションを開催するとHPで知り、申込んでチームの一員として認めてもらいました。


DAJ: なるほど。特に健常チームの「デルソーレ中野レディース」で学んだことを具体的に教えてください。

坂田選手: 一番大きいのはコミュニケーション面です。
私はチームの中では、コミュニケーションの一つとして声を出すよう求められています。
デフフットサルでは、声を出すことを必要としていないので、これについては色々と考えさせられました。
私が声を出してチームに貢献するかわりに、チームのメンバーからは身振りや足踏みをしてもらい、お互いのコミュニケーションを成り立てています。チームがプレーしやすいように自分も工夫をし、自分が動きやすいようにチームに要望を伝えていく…そういったチームの中での自分のあり方を学びましたね。


DAJ: もうすぐ世界デフフットサル大会ですね。今のデフ女子日本代表チームの体制はいかがでしょうか。

坂田選手: 一年を通してさまざまな準備をしてきましたが、まだまだ時間が足りないです。ちょうど今は監督の考えるチームとしてのコンセプトを、全員が理解し始めたばかりの状況だと思います。監督のコンセプトに残り2ヶ月で、どれだけ完成に近づくかは個々の意識次第だと思います。

DAJ: 坂田選手にとってフットサルは何でしょうか。

坂田選手: 生きがいですね。体力が続く限り、続けていくつもりでいます。

DAJ: 後世に伝えたいことあれば教えていただけませんか。

坂田選手: 健常者チームの中でうまくやっていくためには、まず自分がチームの方針や要望を聞いて理解して変わっていくとともに、自分の要望をチームに伝えて理解してもらえるような環境を作るのが大事だと思います。あとはフットサルを純粋に楽しむことですね。











デルソーレ中野レディースの藤井キャプテン


所属フットサルチーム「デルソーレ中野レディース」キャプテン藤井選手からみた坂田選手と、坂田選手へのコメント

坂田選手は聴力のハンデを感じさせないくらいがんばり屋さんです。
坂田選手はおしゃべりもするし明るいし、ろうであるからというような特別なことはありません。
戦略等コミュニケーションの取り方については、坂田選手がいるパターンとそうでないパターンを作ってます。
試合中、必要なときは強く足踏みして震動で気づかせる等工夫もしています。
コミュニケーションのとりかたについては坂田選手から学ぶところが多く、メンバーも勉強させてもらっています。
他の選手と区別をつけたくないので、特別扱いせずにキャプテンとしてはきびしく指導をしています。
これからもメンバー皆で坂田選手のサポートを続けていきます。















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チャリティデフフットサル

震災被災地のろう学校へPowerを届けよう!

8月21日に東急スポーツシステム株式会社主催のチャリティフットサル大会が行われた。
このイベントは東日本ろう者サッカー協会と共同で、約100名が参加された。

“子どもから大人までろう者と健聴者が一緒になって楽しむ” をモットーとし、ろう者・健聴者の混合チームでのリーグ戦。そして、エキシビションマッチとして、東急スポーツシステム所属のフットサル女子日本代表監督 在原正明氏が率いるスペシャルチームと、耳栓をつけて声を出すことを禁止した「特別ルール」で試合を行った。









「あいにくの雨でしたが、多くの方が集まって頂き、本当に感謝と喜びを感じております。ありがとうございます。
皆さんの活き活きとしたプレー姿を見てPowerをもらいました。このPowerを被災地のろう学校の皆さんに届けていきます。
ボールひとつで聴こえない人と聴こえる人との壁をなくし、楽しむ事に共存できたのではないかと思っています。
子どもたちの元気な顔を見たときは、本当に今回のイベントを企画して良かったなと改めて感じました。もっともっとたくさんの方が集まってもらえるよう大きなイベントにしていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願い致します。」
と主催者の植松氏はコメントしている。


大会企画者 植松氏



アディダスジャパン株式会社 濱井ゆり氏(左から2人目)
手話通訳者(左側)



東京スポーツ・レクリエーション専門学校 トレーナーの皆さん


オープニングセレモニー
“手話パフォーマンスきいろぐみ”による手話ソング





参加者によるリーグ戦7分1本試合
ゴールが決まる度に拍手と歓声が湧いた。









小雨の降る中始まった日本代表チーム(※)とスペシャルチームのスペシャルマッチ
間近で観戦できるとあって、ギャラリーも白熱した試合に釘付けだった。










(※)第3回世界ろう者フットサル選手権大会の日本代表チームの選手


スペシャルチーム
左から、
相原豊 氏(タイでプロ経験者)
在原正明 氏(女子フットサル日本代表監督)
小森隆弘 氏(男子フットサル日本代表コーチ兼通訳)
北智之 氏(関東1部リーグ ファイルフォックス)
高橋利之 氏(デフフットサル日本代表ゴレイロ)

小森氏のコメント
今回のイベントでまた新しく、音が聞こえない状態でプレーする経験や、ろう者の皆さんと出会い交流する貴重な機会を得て非常に楽しませていただきました。
ろう者の皆さんの素晴らしいプレーに触れたこと、またこのように“違う”皆さんをひとつに結び、楽しませる場を作るフットサルのチカラに改めて感動した一日でした。

第二回も企画しようという話をしていますが、次は自分も手話を勉強して、直接皆さんとお話しできるようにします!

大会を終えて
スポーツにも「ルール」と言う決まりがある。
ろう者は目で合図を送る「ルール」ある。
当たり前のルールも今回のイベントでろう者と健聴者との交流によってお互いのルールを垣間見る事が出来たのではないだろうか。
子供達の参加も多く見えた。子供達が楽しそうに試合をしている姿を見て今後、この様な場が増えればと思った。私達も活力を貰いました。



デフフットサル日本代表について:植松氏より


男女ともに11月開催される第3回世界ろう者フットサル選手権に向けて、今回のチャリティイベント会場では寄付活動を行い、35,120円集まりました!短い時間で、たくさんの方に募金して頂き、大変感謝いたします。こちらは、日本ろう者サッカー協会のフットサル部門へお渡しします。
引き続き、デフフットサル日本代表を応援宜しくお願い致します!!

日本ろう者サッカー協会フットサルプロジェクト
http://deaf-futsal12.doorblog.jp/

東日本ろう者サッカー協会ブログ
http://ameblo.jp/ejdfa

デフフットサルフットレポート
http://www.re-po.jp/deaf/





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