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028 OGASAWARA

「精悍なる女子ボクサーの小笠原選手」
 
個性的なヘアスタイルに強烈パンチ炸裂が持ち味でニューフェイスとして沸かせたバンタム級女子プロボクサーの小笠原選手。
ボクシング歴は11年目となるのだがプロになってからは1年になる。
プロになってからの対戦成績は3戦2勝1敗(1KO)。
小笠原選手は小さい時から先天性聴覚障害でありながらほとんど健常者と普通の学校へ通っていて、学生時代から格闘技スポーツ好きのごく普通の少女であった。
最初のボクシングは健康推進として、始めたもの、空手とキックボクシングもチャレンジした経歴がある。
特にキックボクシングでは全国アマチュア大会で優勝というキャリアがあり、そして「プロになりたい」という心変わりの一途な想いから人生が大きく変わったという小笠原選手。
「耳が聞こえない」という理由で「プロ」という壁と何度もぶつかりながらあちらこちらへとジムへ当たってきた。
そんな小笠原選手を受け入れてくれたのがトクホン真闘ジムの佐々木孝雄会長だった。
佐々木会長は何故、小笠原選手を受け入れたのかというと佐々木会長はちょっと目が見えないという障害を持っていて、共感を感じ取っていた。
トクホン真闘ジム練習生としてボクシングを本格的にはじめて去年に念願のプロテストに合格し、プロデビュー戦でも初白星を挙げた。
初勝利を挙げた時は「勝ったことよりプロというリングに立てたことが1番うれしい」と佐々木会長の出会いに感謝している。
そして今年2月の後楽園ホールで2人の世界チャンピオンの小関桃選手と富樫直美選手とエキジビションマッチでもいいスパー展開していた。
佐々木会長は「チャンピオンになれる素質を持っている」と期待を寄せている。
小笠原選手の世界タイトルマッチ実現も夢ではない日が来ると。











DAJ: ボクシングを始めたきっかけは何でしょうか。

小笠原選手: なんとなくかな。笑 3才の時に父のボクシンググローブを触ったことが始まりかな・・・。
ボクシングだけではなくキックボクシングもしていました。そのボクシングをはじめたきっかけは自分を変えたいと思ったからです。
そして護身術として身につけたいという思いからです。


DAJ: なぜキックボクシングからボクシングに転向しましたか?

小笠原選手: 当時は女子にもキックボクシングのプロはありましたがコミッションに認定されていなかったのです。
ボクシングのほうが女子も男子と同様コミッションに認定され、ライセンスが発行されるようになったのが2008年だったからです。


DAJ: なるほどね。「プロ」ボクシングを意識したのはいつごろでしょうか。
 
小笠原選手: ボクシングを始めた頃はアマチュアやエクサイズ的なジムで練習してきました。
そしてボクシングマガジンという専門雑誌を読み始めていく度につれてライセンス取得したくなりました。
それは8年目だったと思う。当時は女子のプロボクサーの練習できるジムも少なく「プロ」としてやってくれそうなジム探しに苦労しました。
ボクシングマガジン雑誌でジムの情報を探して見つけたのがトクホン真闘ジムだった。
そしてトクホン真闘ジムの佐々木会長の出会いで「プロ」になれる!?と意識し始めました。
最初は難しいと言われていたが、練習、スパーをやっているたびに会長が考え方を変えてくれて、ジムのトレーナーの方からプロにならないか、と声をかけてくれたのです。


DAJ: プロになって回りの反応とかライフスタイルとか変化はありましたか?

小笠原選手: いいえ、あんまり変わらないです。
でもエクサイズ感覚でやってきたボクシングとプロとしてのボクシングは練習量が半端じゃないです。
仕事もしていますので毎日ほとんど仕事が終わったらボクシングジムへ通い続けています。
毎日ロードワークも欠かさずやっています。
食事、栄養バランスも気に配るようになりました。
それにボクシングやる前までは何事にチャレンジしても長くは続かなかったので。笑


DAJ: プロになっても仕事しているのですね。どんな仕事されていますか?

小笠原選手: 女子プロは男子と違って未だは発展途上だと思うし、安定した仕事もあった方がボクシングも続けられるので。
歯科技工の技術を勉強していたので今は歯科技工士として働いています。


DAJ: ボクシング試合でよく起こる事故の「パンチドランカー」とかの不安はあるのでしょうか?

小笠原選手: パンチドランカーでもうリングに上がれないボクサーはたくさんいますね。 もちろん、不安はあります。
でもちゃんと基本練習、練習を積み重ねてながら前向きにいかないと何もはじまらないからです。
女性だとボクシング試合後の腫上がった顔もつらいですよ・・・。笑


DAJ: この間(7月)の試合でプロになって初めて敗を喫しましたがあの当時の心境はいかがでしたでしょうか。

小笠原選手: あれね。痛い負けでしたよ。 顔も精神的にもひどいダメージ受けました。笑
実をいうと対戦相手と体重制限のこともあって計量検査日前日まで2キロも落とさないといけない状況だったのです。でないと減点たくさんとられると試合不利になるから、練習どころか必死の減量ワークばっかりだったのでコンディジョンもよくなかった。
特に試合前の日は何も口に入れず、アイスシャーベットを朝、昼、夜に一口のみでした。
でも本当にいい経験させてもらったので次回戦も勝ちに行きたいです。


DAJ: 後世に伝えたいことありますのでしょうか。

小笠原選手: 耳の聞こえない男子もプロという道にチャレンジして欲しいです。
いつかは出てくると思っていますし、ボクシングに限らず、いろんなスポーツでも目標を持って頑張ってください。
 
























トクホン真闘ジムの佐々木孝雄会長と




 小笠原 恵子選手(KEIKO OGASAWARA) 
・生年月日: 1979・9・16
・出身地: 埼玉県
・身長: 152cm
・足のサイズ: 24.5cm
・利き手・利き足: 右
・ボクシング歴: 11年
・キャリア  アマチュアボクシング時代 3戦3勝(1KO)
       新空手3戦3勝
       アマチュアキックボクシング3戦3勝(1KO)
       J-NETWORKキックボクシング全国大会 優勝
       プロボクシング3戦2勝1敗(1KO)
・ボクシングの特技: 右フック
・聴力レベル: 左右 100dB
・補聴器装着の有無・形式: 有(右のみ)
・補聴器のメーカー: WIDEX
・ボクシングの時の補聴器装着の有無: 無
・コミュニケーヨン方法: 手話、筆談
・血液型: A
・最終学歴: 筑波大学附属聾学校歯科技工科
・職業: 歯科技工士
・家族: 父母
・ボクシングを始めたきっかけ: 何となく
・ボクシングを始めたことで変わったことは?: 体全体太くなった。
・ボクシングをやって聴力影響は?: 試合中セコンドの声が分からないのが不便。
・ボクシングの醍醐味は?: 勝ったあとの食事がうまい
・ボクシング以外にやってみたいこと: テコンドー、柔道、合気道、シュートボクシング、etc・・
・ボクシングをやってなかったら?: プロキックボクサー
・ラッキーアイテム: 黄色のタオル(何故か試合の時持っていると勝っていた)
・愛用品スポーツメーカー: ナイキ、アディダス、チャンピオンなど何でもイイ。
・趣味: 食べること
・宝物: やっと手に入れたプロボクシングのライセンス
・今後の夢: 考え中
・好きな言葉: 挑戦
・座右の銘: 継続は力なり
・今後の抱負: 怪我をしないこと
・後世に伝えたいこと: 好きなことを楽しくやっていこう♪
 
トクホン真闘ボクシングジム http://www.sinto-gym.jp/index.html




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