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032 KATO

「ろう学校からプロ独立リーグに挑んだ加藤選手」

加藤選手は5歳の時に父親に野球グローブを買ってもらったことがきっかけとなり、今年で26年目になる。
野球歴26年で軟式野球・準硬式野球・硬式野球の3つの球種を経験してきている。
小学5年の時に地元の少年野球チームに入部するまでは、姉とキャッチボールをしたり、竹の棒で小石を打ったりしながら野球の基礎を築いてきた。
中学、高校時代は神奈川県立平塚ろう学校の軟式野球部に入部し、捕手と投手を務め、2年連続関東ろう学校軟式野球大会の優勝に導く。
高校卒業後は平塚ろう学校専攻科に進学と同時に全日本ろう社会人軟式野球連盟神奈川支部の湘南ヤンキースに入団し、全日本ろう社会人軟式野球選手権大会では最高殊勲選手賞、最優秀投手賞を2年連続で獲得する。
平塚ろう学校専攻科を卒業までは軟式野球しか経験していなく、硬式野球にもチャレンジしてみようという意識から関東学院大学に進学し、準硬式野球部では外野手につく。神奈川七大学準硬式野球連盟春秋リーグでは、ベストナイン2回、優秀選手賞1回、首位打者賞1回などの称号を獲得し、リードオフマンとしてチームを牽引する。
大学卒業後は、創設されたばかりのプロ野球独立リーグである四国アイランドリーグの徳島インディゴソックスチームに選出され、念願の硬式野球がかない、一年間捕手としてプレーする。
現在は、横浜市立ろう特別支援学校の教師を勤めており、「プロ野球を目指している子供たちの道標になれれば」と後世に夢を託している。





第36回全日本ろう社会人軟式野球選手権大会にて






DAJ: 関東学院大学で準硬式野球を始めた様ですが、どのような経緯だったのでしょうか?

加藤選手: 20歳の時に硬式野球に携わる機会があり、硬式野球を極めたくて大学進学を決めました。しかし、全日本大学野球連盟の規定で年齢制限が設けられており、専攻科に2年いたこともあって、選手として試合に出場出来るのは最初の2年間しかありませんでした。悩んだ末に年齢制限がない準硬式野球を選択しました。

DAJ: 関東学院大学でも、捕手としてプレーしていたのでしょうか?

加藤選手: 入部セレクションの際は捕手として受けましたが、チームの方針もあって打者として専念するため、外野を守っていました。軟式野球と準硬式野球ではボールの軌道が違うので、頭の切り替えなどに苦労していました。

DAJ: コミュニケーションも苦労したと思いますが、どのような方法でやり取りをしていたのでしょうか?

加藤選手: 手話や指文字を覚えてくれたチームメイトもいましたが、プレー中は当然の事ながら余裕が無く、口話&読話中心にコミュニケーションをとっていました。時にはお互いに誤解が生じたり、なかなか自分の思いを伝えられないことがあったりと、非常に苦労しました。

DAJ: 四国アイランドリーグの徳島インディゴソックスに選出されたときの感想を聞かせてください。

加藤選手: 自分の夢に近づける唯一のチャンスをいただけた事に感謝しました。そして、ろう者でも野球ができることを一人でも多くの人にプレーで伝えたいと思い、サインに書く際、名前と一緒に「Deaf」と書いていました。

DAJ: 四国アイランドリーグで経験してきたこと、印象深かったことはありますか?

加藤選手: 自分では一生懸命プレーしているつもりでしたが、観客席からヤジが飛ぶこともあり、プロの世界の厳しさと自分の努力不足を痛感しました。辛い思いもしましたが、逆に頑張る糧となりました。また、プロを経験されてきた方からのコーチを受け、これまでに経験した事のない、精度の高い練習などを教わった事に衝撃を受けました。

DAJ: 今まで一番嬉しかった試合を挙げるとしたら(思い出のある試合)どれでしょうか?

加藤選手: 大学3年の時、大きな怪我(右肘の靱帯損傷)をし、再建手術を受けました。医師からはリハビリをしても完治する保証は無いと言われていましたが、諦めずに一年間リハビリに励みました。一時はリハビリをあきらめかけた事もあったのですが、母校の平塚ろう学校、関東学院大学や湘南ヤンキースのチームメイトからの期待や励ましもあり、踏み止まって最後までリハビリを続けることが出来ました。その甲斐もあって大学4年の時に復帰することができて、1年ぶりに試合に出られた事が一番嬉しかったです。

DAJ: 色んな経験や苦悩をされてきたのですね。最後に、野球してるろうの子供たちにアドバイスをお願いします。

加藤選手: スポーツは「基本の練習の積み重ね」、「工夫を重ねた練習」を繰り返すことが上達の近道だと思います。例えば、野球の素振りであれば、ただバットを振るだけでなく、しっかりとボールを打ち返すためにはどうすればいいのか、ということを考えながら振ることが大切です。回数よりも少しの工夫を毎日積み重ねることが重要だと思います。
野球やスポーツに限らず、子どもたちには夢を持って欲しいと思います。夢に向かって努力することで視野が広がり、将来役に立つことがたくさんあるはずです。そして、周りで支えてくれる方たちへの感謝の気持ちを忘れないでほしいと思います。




















画像提供: KATO
四国アイランドリーグ公式戦にて


画像提供: KATO


画像提供: KATO


画像提供: KATO


画像提供: KATO


画像提供: KATO


画像提供: KATO
徳島インディゴソックス 後列左から2人目が加藤選手




 加藤 康志選手(KATO YASUSHI)
・ニックネーム: ヤスシ
・生年月日: 1980・11・4
・出身地: 神奈川県
・身長・体重: 180cm・75kg
・足のサイズ: 28cm
・利き手・利き足: 右・右
・野球歴: 小5~現在(26年目)

・キャリア: 1993年~1998年 平塚ろう学校野球部(軟式)
       1999年~2000年 湘南ヤンキース(軟式)
       2001年~2004年 関東学院大学準硬式野球部(準硬式)
       2005年 四国アイランドリーグ 徳島インディゴソックス(硬式)
       2006年~現在 湘南ヤンキース(軟式)

       全日本ろう社会人軟式全国大会 優勝3回(最優秀投手賞1回)
       全日本ろう社会人軟式野球選手権大会 優勝6回、準優勝1回(MVP4回、最優秀投手賞3回、敢闘賞1回)
       全国ろうあ者体育大会野球競技 優勝5回(MVP1回、最優秀投手賞2回)
       神奈川七大学準硬式野春秋リーグ 優勝6回(ベストナイン2回、優秀選手賞1回、首位打者賞1回)
       全日本大学準硬式野球選手権大会 出場3回

・主なポジション: 捕手、外野
・野球の特技: 捕手でのキャッチング、打者との心理戦、ストライクゾーンの見極め
・聴力レベル: 右110dB・左111dB
・補聴器装着の有無・形式: 有
・補聴器のメーカー: リオネット
・コミュニケーション方法: 手話
・血液型: O型
・最終学歴: 関東学院大学
・職業: 教員
・家族: 両親、姉二人、祖父
・野球をやって聴力影響はありますか:
捕手を務めているので、審判員の判定を聞き取るため常に補聴器装用。言葉の聞き取りは十分ではないが、声の大きさなどから想像して判断している。
・野球の醍醐味: 捕手をしているとき、上手くバッターの裏を読むことができたとき
・野球以外にやってみたいこと: エベレスト登山
・ラッキーアイテム: リストバンド
・愛用品スポーツメーカー: MIZUNO OAKLEY GREGORY
・趣味: 旅行
・今後の夢: 指導者になって子どもたちに野球の楽しさを伝えること
・好きな言葉: 「上達に限界なし」
・今後の抱負: 定年まで野球に関わりたい
・後世に伝えたいこと(皆さんへのメッセージ):
ろう者の中には、夢を簡単に断念する人が多くいると感じています。
ろうの子どもたちには自信を持って夢を実現できるようになって欲しいと思います。
そのために、ろう学校などで自分が経験したことを伝えていきたいと思っています。

湘南ヤンキース http://www.s-yankees.org/

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